柳生宗矩の変遷。あるいは「ザ・ニュー宗矩!!」


 こないだ国会図書館に行った時、
史料とは別に立川文庫の「柳生重兵衛」があったので、
そっちも読んでみたのですが、そこに描かれている宗矩が、


 「将軍家剣術指南役の偉い人」
 「厳格かつ息子想いの剣の達人」


 だったので、
今更ながら、なんでこういう風に書かれてる人物が、
暗黒ヘタレ野郎と化したのか、とつらつら考えたついでに、
世間における宗矩像の変遷を順を追って辿ってみることに。


【その1:史料上の柳生宗矩」】

  …「徳川実紀」「玉栄拾遺」「不動智神妙録」
   「月之抄」などの史料上の宗矩。
   または「兵法家伝書」などの自著から浮かび上がる宗矩。


   「剣の名人にして政治家。能やタバコが好きで、
    人の選り好みもあるし、付届けも適当に受け取って、
    それを説教されたりもする。割と人間臭い。
    身内(家光・沢庵・十兵衛・その他弟子)には好かれ、
    尊敬されていた。所謂”柳生但馬守宗矩”」

 ↓
【その2:逸話上の柳生宗矩

  …「日本武術神妙記」などの逸話集における宗矩。


   「剣の名人。一種の悟りを開いたような人物。
    基本的に人を斬らない。斬ったのは大坂の陣の七人斬りのみ」
 ↓
【その2裏:江戸柳生以外の流派における逸話上の宗矩】

  …「正傳・新陰流」「一刀流三祖伝」「ニ天記」など、
   江戸柳生以外の流派の逸話で描かれた宗矩。


   「将軍家剣術指南役だが、自流派の宗家に実力で劣る人物。
    剣術よりも政治力、話術などで栄達した」
 ↓
【その3:戦前の作品上の宗矩】

  …立川文庫吉川英治宮本武蔵」など、
   戦前の創作作品上で描かれた宗矩。


   「将軍家剣術指南役。謹厳実直な剣の名人」
 ↓
【その4:五味作品の宗矩】

  …「柳生武芸帳」を筆頭とする五味作品内の宗矩。


   「将軍家剣術指南役にして大目付。幕府の闇を担う人物。
    目的のためには冷酷非情な手段も厭わないが、
    私利私欲では動かない。
    剣才・謀才の両方を備えた黒幕。
    俗に言う”暗黒宗矩””ブラック宗矩”」
 ↓
【その5:山岡作品の宗矩】

  …「柳生宗矩春の坂道)」を筆頭とする山岡作品内の宗矩。


   「剣術のみならぬ将軍家(特に家光)の師父。
    天下の平和のために己の全てを捧げた剣聖にして求道者。
    俗に言う”白い方の宗矩””ホワイト宗矩”」
 ↓
【その6:「魔界転生」における宗矩】

  …「魔界転生」における宗矩。


   「将軍家剣術指南役にして大目付
    有能な幕臣にして剣の達人だが、
    幕府や家の為に”自分”を押さえ込んだ人物。
    ”十兵衛との対立”という要素が追加されることで、
    ”乗り越えるべき壁/敵”としての存在となる」
 ↓
【その7:「柳生一族の陰謀」など映像作品における宗矩】

  …「柳生一族の陰謀」などにおける宗矩。


   「キャラそのものは”その6”の宗矩に準じるが、
    私利私欲が大きな動機のひとつとして存在する。
    これも十兵衛と対立し、敵として敗れる存在」
 ↓
【その8:隆慶作品の宗矩】

  …「影武者・徳川家康」を筆頭とする隆慶作品内の宗矩。


   「秀忠の側近。裏仕事の実行部隊の頭。
    剣才/謀才を備えるが、基本的に主人公のかませ犬。
    私利私欲で動く。
    俗に言う”暗黒ヘタレ野郎””僕らのアイドル宗矩くん”」


 一通り書いたあとで、
昔、三田さんが同じネタで書かれてたのを思い出したり。
うむう。


 しかし、こうして見ると、宗矩が変遷していったのは、
十兵衛の存在がでかいなあ、とつらつら思ったり。


 戦後すぐくらいまでの宗矩は基本的に権威であり、
ある種「負けない」人物として配されており、
十兵衛にしても、「宗矩の息子」という面がまずあったわけで砂。


 でも、時代が移り、娯楽活劇が目立つようになると、
ヒーロー性の強いことが重要な要素となったため、
宗矩より十兵衛の方にスポットが当たるようになるわけで砂。
若くて、動向不明の時期があり、隻眼の剣豪ってことで
キャラも立ってるし。


 で、十兵衛が主役になったことで、
その乗り越えるべき強大な敵/壁として宗矩が配された…、
というのは流れとしては自然でありつつ、
実は結構エポックだったんじゃなかろうかと。
(”その7”での私利私欲の発生も結構大きいかもで砂)


 そうなると、「負ける宗矩」を最初に描いた作品はなんじゃいな、
となるわけで、今んトコそれは「魔界転生(64年12月開始)」
みたいなのですが、これより古いのはあるんですか喃。
(ちなみに、他流派の逸話で負けてるのは、なんかこう、
 ”ウチの先生は柳生宗矩より凄いんですよ”という自賛感があって、
 今ひとつ宗矩が負けてる印象がないんで砂)


 で、今んトコ、当方が認識している限りでは、
最近の宗矩は大半が”その8”で、たまに他のがある、てな感じで砂。
まあ、便利というか、キャラのイメージが立ってるってことですか喃。


 個人的に興味があるのは、この次、【その9】になる宗矩、
即ち、ネクスト宗矩であり「ザ・ニュー宗矩!」というのは
どんなキャラで、誰が創り出すのかしらん、というところで砂。


 今んトコ、荒山先生が筆頭っぽいのですけど、
こないだ出た「百花繚乱」で「小娘に囲まれてキャッキャウフな宗矩(風の人)」
というある意味盲点だったキャラが出て、どうなるのかしらん、と。
あとは…萌え化でもするとこなんじゃろか。
(まあ、暗黒ヘタレ宗矩もそれなりに萌えるのですが)


 「こんな面白宗矩、初めて見たよ!」と愕然かつ欣喜雀躍するような
ナイスでグッドな新しい宗矩を見たいもんです喃。
(「なければ捏造ればいいじゃない」というのも手ではありますけど)

百花繚乱 (HJ文庫)

百花繚乱 (HJ文庫)